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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)1410号 判決 1956年10月24日

原告 青木重臣

被告 日本恩給協会こと灘留吉 外一名

主文

1  被告等は原告に対し、各自金四十万円及び内金二十万円に対する昭和三十年二月二十六日以降、内金二十万円に対する同年十二月十日以降いずれも完済に至るまでの年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告等の連帯負担とする。

3  この判決は仮に執行することができる。

4  被告において各自、金四十万円の担保を供するときは前項の仮執行を免れることができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告等は各自原告に対し金四十万円及び内金二十万円に対する昭和三十年二月二十六日以降、内金二十万円に対する同年十二月十日以降いずれも完済に至るまでの年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の連帯負担とする」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、「被告等は共同して原告宛に、(1) 額面金二十万円、振出日昭和三十年一月二十六日、満期同年二月二十三日、支払地及び振出地東京都、支払場所平和相互銀行神田支店、(2) 額面、支払地、振出地及び支払場所は(1) と同じ、振出日昭和三十年二月九日満期同年十二月八日の二通の約束手形を振り出した。原告は右各約束手形をそれぞれ昭和三十年二月二十五日及び同年十二月九日にその支払場所に呈示して支払を求めたところ支払を拒絶された。よつて原告は被告等各自に対し右各約束手形金合計四十万円及び各約束手形金に対する各約束手形呈示の日の翌日以降完済に至るまで手形法所定の利率による各利息の支払を求めるため本訴に及んだ。」と述べ、

被告の抗弁に対し、

(一)  原告が被告等から(1) の約束手形金二十万円の弁済を受けた事実は否認する。

(二)  原告が被告留吉または被告等両名から被告等が主張するような天引利息を受け取つたことはない。原告が被告留吉に被告等が主張する別表<省略>の(1) 乃至(8) 記載の金員を貸し出すに当つてその貸出金額の三分位の割合にあたる金員の支払を受けたことはあつた。しかしこれは当時原告が被告留吉が経営する日本恩給協会の仕事を手銭手弁当で手伝つていたのでその自動車料金等の実費、手伝料等を貸付金の利息と合算して受け取つたのであるから単純な天引利息ではない。その上原告は昭和三十年一月頃から被告留吉に対する貸付金の回収を始めたので、元金の回収に追われて到底利息等を取り立てる余裕はなかつた。また別表の(9) 及び(10)記載の金員は新規の貸出ではなく手形の書替をしただけであるから利息の天引等はあり得ない。仮に原告がその貸付に際し被告等が主張するとおり利息を天引していたとしても、すでに被告等がその元利金を完済した現在では利息制限法第一条第二項によりまた民法第七〇五条によつて、被告等は原告に対しその返還を請求することができない。

(三)  被告等が本件各約束手形を振り出したのは被告留吉が原告から貸出を受け被告又次郎がそれを保証した金員の弁済のためであること、及び右貸出にあたつて原告が担保として被告留吉から別紙目録記載の家屋登記済権利証を受け取つたこと、本件各約束手形金の支払により原被告間の貸借関係が終了することは認める。

と述べた。

被告等両名の訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、原告の主張する請求原因事実をすべて認め、

抗弁として、

(一)  原告主張の二通の約束手形中、(1) の約束手形については、被告等は昭和三十年一月二十八日及び同年二月二十八日に各十万円づつ、計二十万円を原告に支払い、右約束手形債務を全額弁済した。

(二)  被告留吉は別表の(1) 乃至(8) の、また被告等両名は連帯して別表の(13)及び(14)の各借入額面欄記載の金員を、原告からいずれも月三分の利息を天引の上、返済期を借入の日から三十日として借り入れた。ところで利息制限法第二条の規定によると、別表の元本支払充当欄記載の金員は元本の支払に充てたものとみなされ、被告等は元本の返済に際してこれを支払うことを要しないのである。ところが被告等は原告に対し別表の(1) 乃至(9) の借入金の借入額面全額を弁済し、従つて支払うことを要しなかつた別表の(1) 乃至(9) の元本支払充当欄記載の金員、合計四万四千六百四十九円を支払つてしまつた。そこで被告等は昭和三十一年五月十六日当裁判所において原告に対し右金員の返還を求め、この返還請求権をもつて、原告主張の(2) の約束手形の債務の対等額と相殺する旨の意思表示をした。また前述の理由により、別表の(10)の元本支払充当欄記載の金二千五百八円は支払を要しない。従つて被告等が原告に対して支払うべき債務は金十五万二千八百四十三円である。

(三)  被告等は本件各約束手形を被告留吉が原告から借用し被告又次郎がこれを保証した金員の弁済のために振り出したのであり、原被告間の貸借関係は前記金額の支払によつて全部決済されることになるが、被告等は右借用にあたり、その担保として原告に対し別紙目録記載の家屋登記済権利証を交付したから、被告等は被告等が原告に対し金十五万二千八百四十三円を支払うのと引換えに右証書の返還を求める。

と述べた。

<立証省略>

理由

被告等が共同して本件各約束手形を原告宛に振り出し、原告がこれ等をそれぞれ支払のためにその呈示期間内に支払場所に呈示した事実は当事者間に争いがない。

まず被告等の弁済の抗弁について判断するのに成立に争のない乙第十三号証、証人滝田督一の証言及び原告被告各本人尋問の結果を綜合すると、昭和三十年一月二十八日、原告が被告留吉を代理して訴外滝田督一から、同人が被告留吉から借り入れた金二十四万円の一部弁済として金十万円を受領し、被告留吉のかねての了解に基いて、この十万円を被告留吉に渡さないで、被告等の原告に対する債務の弁済に充当したこと、及び同年二月二十八日原告が被告留吉から、訴外滝田督一が振り出した額面十万円の小切手を受け取り、右同様かねての了解に基いて被告等に対する債務の弁済としてこの小切手によつて荒川信用金庫町屋支店から十万円の支払を受けたことを認定することができ、他にこの認定を動かす程の証拠は何もない。しかし、原告本人尋問の結果によると、原告は昭和二十九年十二月頃被告留吉に対し手形貸付という形で総額二百万円以上の金員を融資したが、被告留吉の態度に不安を感じて昭和三十年一月頃から右融資金を回収し始め、また同月頃被告又三郎に被告留吉の右債務を保証させたこと、原告が被告等から右融資金を回収するにあたつてそれは被告等が振り出した多数の約束手形の決済という形で行われ被告等から原告に弁済のあつた時には原告は被告等が振り出した約束手形中弁済額に対応するものを被告等に返還し、或いは被告等の面前で破棄したこと、昭和三十年一月二十八日及び同年二月二十八日原告が被告留吉から合計二十万円の弁済を受けた当時、原告は被告等に対し本件各約束手形以外にも多数の約束手形債権を有しており、原告は右の二十万円を本件各約束手形以外の約束手形の債権に対する弁済として受領し、当該約束手形を被告留吉に返還して決済したことを認定することができ、被告留吉本人の供述中右の認定に反する部分は原告本人尋問の結果と対比すると信用し難く、他に原告が被告留吉から右の二十万円を本件各約束手形債権に対する弁済として受領したことを立証する程の証拠は何もない。

次に被告等の利息制限法第二条に関する抗弁について判断するのに、別表の(1) 乃至(8) の元本支払充当欄記載の金員がいわゆる天引利息であるとすれば、これ等は利息制限法第二条により元本の支払に充てたものとみなされ、被告等は元本の弁済に際し借入額面から右金額を控除した残額を支払えば足りることは被告等主張のとおりである。しかし被告等が(1) 乃至(8) の債務につき右金員を含めて借入額面全額を弁済したことは被告等の自ら主張するところであり、また被告留吉は金融業を営んでいた(この事実は原告被告留吉各本人尋問の結果により認定することができ、他にこの認定に反する証拠は何もない)のであるから被告等が利息制限法の趣旨を理解し右金員を支払う必要がないことを知つていたことは容易に推認され、この推認に反する証拠は何もないから、被告等は、右金員をその支払義務のないことを知りながら借入金債務の弁済として原告に支払つたものと認定され、この場合利息制限法第一条第二項の適用については疑問があるが、民法第七〇五条により、被告等は原告に対し右金員の返還を請求することができないといわなければならない。従つて右金員の返還請求権をもつて原告の本件各約束手形債権の対等額と相殺するという被告等の抗弁はそれ自体理由がない。

また原告、被告留吉各本人尋問の結果によると本件各約束手形(別表(9) 及び(10)の借入金に対応する)はいわゆる書替手形でありその振出に際して利息の天引がなされなかつたことが認定され、この認定に反する証拠は何もないから本件各約束手形の振出(別表の(9) 及び(10)の借入)に際して利息の天引が行われたことを前提として本件各約束手形金(別表の(9) 及び(10)の借入額面)中それぞれ二千五百八円は支払うことを要しないという被告等の抗弁も理由がなく、もし別表(1) 乃至(8) の借入金について被告等が主張するとおり、被告留吉の原告からの借受金には常に利息の天引が行われたとすれば書替手形である本件手形の基本となつた債務についても若干の天引利息が含まれていることが推論されないではないが、被告等は前記(1) 乃至(8) の借受金は既に支払済であることを自ら主張しているのみならず他の借受分の天引利息があつたとしても考慮されるべき天引額と本件手形金額との関係については何等の主張がないので、確たる数額等について結局検討の余地がなく判断の限りでない。

次に被告等の同時履行の抗弁について判断するのに、被告等が本件各約束手形を原告宛に振り出したのは被告留吉が原告から借り入れ、被告又次郎がそれを保証した金員のためであること、原告が右貸出に当つてその担保として被告留吉から別紙目録記載の家屋登記済権利証を受け取つたこと、原被告間の貸借関係は本件各約束手形金の支払によつて全部決済されることは当事者間に争いがないが、右債務の弁済と担保の返還とを同時履行の関係とすることについて格別の契約の存在することを主張立証していない本件では、担保は債務の弁済の後に返還されるべきもので、その間に同時履行の関係はないものと解されるので、被告の前記同時履行の抗弁は理由がない。

従つて原告は、被告等に対し、原告主張の(1) 及び(2) の約束手形金合計四十万円並びに(1) の約束手形金二十万円に対する昭和三十年二月二十六日以降、(2) の約束手形金二十万円に対する昭和三十年十二月十日以降、それぞれ完済に至るまで年六分の割合による利息の支払を求めることができるといわなければならないから、原告の請求を正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十三条第一項但書、仮執行の宣言及びその免脱について同法第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 畔上英治)

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